昨日は、人材コンサルティング会社、ビジョンコンサルティングを経営しているカーティスさんとランチ。カナダから来日し、2年前に同社を立ち上げた、気鋭の起業家だ。

起業家同士、話は弾む。会社経営の楽しさ、厳しさ、ビジネス・モデル、心理的なバリヤをどう乗り越えるか、etc.

そういえば、こういうの、留学中も感じていたことを思い出した。国籍や育ってきた文化の違いよりも、どんなタイプの人間か、の方が、話が合う/合わないを左右すると思うのだ。

つまり、日本人で、「将来食いっぱぐれがない、安定した仕事に就こう」という人よりも、カナダ人起業家の方が話が合う、と。

面白いのは、こういう感覚って、留学先によって変わってくること。どうも、米国に留学した人は、「日本人とは!」みたいな意気込みでかえってくるケースが多いような気がする。

それに比べてヨーロッパに留学した人は、もっと自然体だ。

きっと、体験の差なのだろう。米国という強烈なカルチャーの洗礼を受けた人は、それを「鏡」として日本人としての価値観に目覚める。

一方で、ヨーロッパという、複数のカルチャーが錯綜する環境に行っても、「日本人」という軸は明確にならず、むしろ「個人」にアイデンティティを求める。

どっちが良くて、どっちが悪いというものではないが、一口に留学と言っても、行き先によって大きな違いが出る気がする。