先週の月曜日は、義理の祖父のお通夜だった。

お通夜、と言っても、湿っぽいものではない。明るく、和やかに故人をしのぶ、良い会だったと思う。

湿っぽくならなかったのは、91才という大往生のせいもあり、亡くなる前は入院生活が続いていたせいもある。でも、それ以上に、祖父の人柄だろう。

洒脱というかオシャレ、というか、人生の達人だったように思う。若いころには放蕩の限りを尽くしたらしいのだが、最後はひ孫4人を含めて愛する人に看取られて逝ったのは、祖父ならではだ。

こんな出来事があると、考えさせられる。

  自分はどんな最後を迎えたいだろう?

もちろん、愛する人々に見送られながら、心穏やかに別れを告げたい、と言う気持ちはあるのだが…

やっぱり、そこに行くまでの方が興味あるかな。人生の「最後のシーン」を満足いくものにするためには、それまでに、やるべきこと、やりたいことを徹底的にやりきっていたい。

  そんなこと言ったって、「死」は突然にやってくるから、やりきることなんて出来ないでしょ?

なんて反論がきそう。

意外とそうではないんですねぇ?。

人間が死ぬ確率って、かなり精度が高く予想されている。

生命表」というのがそれ。

生命保険の保険料算定なんかでも使われる。

これを見ると切ないくらいに、何歳で何%の人が死ぬかが見えてくる。

もちろん、厳密に個人にこれがあてはまる訳じゃないけど、少なくとも参考にはなると思っている。

最新の、生保標準生命表2007によると、私の年齢の平均余命はあと42.5年。

長い、ようで短い気がする。

と言うわけで、1日1日を頑張ろう、という平凡な感想に落ち着くのでした。