日本人って世界的に見てもよく働く方だと思います。実際、よくない言葉だけど、「過労死」なんてのはkaroshiという英語になっているくらいですから。

じゃあ、日本人はよっぽど仕事が好きなのかというと、そんなことはないそうです。米国ギャラップ社の調査によるとエンゲージメント、つまり「自分は仕事に熱意がある」と答えた社員はわずか6%で、米国の32%と比べると圧倒的に少なくなっています。どころか、世界レベルで見ても調査対象となった139カ国中132位だとか(※)。

ところが、日本のある会社は、ものすごく熱意あふれる社員がいることを想像させます。その証拠が離職率で、なんと0.53%。1年間に自己都合で退職する社員が、1%もいないのですから、それはものすごいことですよね。

その会社こそ、アサヒビール。その秘訣を人事部長の杉中宏樹さんにうかがってきました。

「人が辞める」理由にピンポイントで対処する

杉中さんはアサヒビールで実践している様々な人事制度をお話ししてくださいましたが、別にそれは離職率を下げることそのものが目的ではないと感じました。むしろ、「個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献し合う関係」という組織のあるべき姿を模索した結果、離職率も下がったのでしょう。

ただ、ピンポイントで離職率低下に効くだろうな、という打ち手が3つほど見えました。というか、逆に離職率が高くなる要因ってある程度想像つくわけで、それに対処すると必然こうなるのでしょうね。

  • 入社後3年以内に辞めるのを防ぐための手厚いサポート(入社前のOne to One面談、入社2年目、3年目のキャリア面談)
  • 出産・育児で辞めるのを防ぐための手厚い休暇制度 (「つわり休暇」というのを初めて見ました)
  • 病欠(メンタル含む)が長引いて辞めるのを防ぐための産業医等の充実

加えて今後は「介護の事情で辞める」人が増えるので、そこが次の課題でしょうか。

とにかく、杉中さんのお話を聞けば聞くほど「社員を大事にしている会社だなぁ」と感じられて、これならエンゲージメントが高いこと間違いなし、と思いました。

ちなみに、私が教鞭を執るマサチューセッツ大学MBAプログラムでは、このような会社を「よき組織文化」を持った会社の見本としています。

adaptiveculture

“Adaptive Culture”という言い方をしていますが、その特徴は

  • 費用としてではなく資産として従業員が扱われている
  • 会社が最も秀でている領域へのフォーカス

とのことで、まさにアサヒビールそのものではないですか(アサヒビール単体では売上の95%程をアルコール飲料が占めている)。

離職率が低いのは本当に良い事?

ただ、実は杉中さんは最初に問題提起もされていて、

離職率が低いのは本当に良い事?

と。

アサヒビールがそうだとは思いませんが、一般論として離職率が低いのは、実は「ぬるま湯体質」だから、なんてこともあり得ます。実際、近畿大学の松山一紀教授が行った世間一般のビジネスパーソンを対象にした調査では、

「この会社でずっと働き続けたい」という積極的終身雇用派が25%

「変わりたいと思うことはあるが、このまま続けることになるだろう」という消極終身雇用派が40%

なんて結果もあるそうです。つまり、「このまま続けることになるだろう」から離職をしないという理屈ですね。

でも、そんな人材は会社には不要でしょう。ましてや、アサヒビールの業界は、市場の縮小という構造的な問題を抱えているだけになおさら。実はアルコールの消費は1994年をピークに下がり続けているのです。確かに最近の若い人はお酒を飲まないらしいし、ましてや昭和のようにイッキでバカみたいに飲む(飲ませる)のは減っていると実感します。

そうすると、実は今求められているのは、新たな拡大市場を見つけるイノベーターや、海外に打って出てビジネスを広げるグローバル人材であって、先ほどの消極的終身雇用はとは真逆の人材像になります。

実は先ほどのマサチューセッツ大学MBAプログラムのスライドを注意深く見た人は気づいているかもしれませんが、「よき企業文化」とされるもののもう一つに、

  • 起業家精神 & リスクをとる姿勢

というのがあるので、まさにこれですね。

修羅場経験が人材をつくる

もちろん、このような問題意識を踏まえて、アサヒビールでも中途人材の採用や評価制度の変革などに取り組まれているそうです。

そしてそれ以上に面白いと思ったのが、海外での買収(これは杉中さんは軽く触れただけ)。何でもアサヒビールは2016年にはヨーロッパで12社もの買収をしたそうで、しかもそれが功を奏しているとのこと。もちろん、ビジネスとしても面白いのですが、人材育成という観点でも、この買収した企業に日本の人材を送り込んで、「修羅場体験」を積ませるなんて面白いですね。

私は人事コンサルタントもやっていたので分かるのですが、評価制度ってもちろん大事なのですが、けっこう現場で恣意的に使われちゃって、本当の目的を達成しないこともあるんですよ。

それよりも、「絶対に後に引けない修羅場体験」の方が人材育成、しかもイノベーション人材やグローバル人材育成にかなっているのは間違いありません。

もっとも、「とにかく行ってこい」という丸投げスタイルは最近では機能しなくなっています。ちょっとたとえは悪いのですが、「戦場」に送り出す前に、しっかりと知識とスキルをアップして「武装」してあげないと、あえなく「討ち死に」なんてことにもなりかねないので要注意ですが。

※ちなみに、ちょっと面白いのは、ハンガリーも同種の調査でやっぱり世界最下位に近いとか。ホフステード先生のcultural dimensions調査では、日本とハンガリーは近しい国民性を持っているそうですから、やっぱり何か共通項がありそうです。

super dry photo

この記事を書いた人

MBAの三冠王木田知廣

木田知廣

MBAで学び、MBAを創り、MBAで教えることから「MBAの三冠王」を自称するビジネス教育のプロフェッショナル。自身の教育手法を広めるべく、講師養成を手がけ、ビジネスだけでなくアロマ、手芸など様々な分野で講師を輩出する。

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