藤沢周平先生は、数ある作家の中でも、「先生」と敬愛を込めて呼びたいお気に入りの一人だ。代表作、「用心棒日月抄」シリーズは、これまで最も多く読んだ本だ。
その端正な文体は多くの人が認めるところで、私自身も、「いつかはああいう文章を書きたい」と秘かに手本にしてきた。
が、大問題が発覚した。
エッセイ集、「小説の周辺」の中で、周平先生は俳句と短歌を比較したうえで、
…私は、一首の短歌もつくったことがなく、短歌とのつき合いは
きわめて淡泊なまま今日に至ったのである
と言い切っているのだ。しかも、俳句においては、
その表現は短歌に比してどこかに抑制が利いている
ことを良しとしている。
私は明らかに短歌派。しかも、風景をうたった叙景詩よりは、感情を吐露した叙情詩の方が圧倒的に好き。つまり、周平先生とは正反対なのだ。
うーん。周平先生の文章を読んで、「この文体はなかなか書けないなぁ」とあこがれたのは無い物ねだりだったのか…
ということで、ここに周平先生との決別を告げよう。模倣する文体としては、きっとふさわしくないんだと思う。こうまで好みが違うと。
で、次なる目標は、周平先生と同じぐらい感情をかき乱す、浅田次郎先生。代表作、「壬生義士伝」は、これまでもっとも泣けた本だ。
いや、まて。浅田先生の詩歌の好みは…!?
この記事を書いた人
木田知廣
MBAで学び、MBAを創り、MBAで教えることから「MBAの三冠王」を自称するビジネス教育のプロフェッショナル。自身の教育手法を広めるべく、講師養成を手がけ、ビジネスだけでなくアロマ、手芸など様々な分野で講師を輩出する。
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