ひと頃話題になった「トロッコ問題」というのがありました。これ、学校教育でも取り入れられているみたいですが、経営者教育に携わる私から見ると、違和感を覚えてなりません。というのは…
考える価値がないトロッコ問題
トロッコ問題は、線路の切り替えポイントに立っていると仮定して、「このままでは5人の作業員が犠牲になる、でもポイントを切り替えれば方向が変わって、別の一人の作業員が犠牲になる。さあ、あなたならどうします?」というものです。
私は、初めてこれを聞いたとき思いました。
現実ではそんな問題は起こらないだろ
と。
だって考えてみてください。実際にこんな状況になったら、「逃げて~」と5人の作業員に声をかけるのが当たり前。小難しい条件を持ち出して思考をひねくり回しているのは意味がないと感じてしまいます。
さらに続きがあったトロッコ問題
しかも、トロッコ問題には続きがあります。「目の前に太った人がいる。その人を線路に突き落とせば作業員は全員助かる」というもの。
は?
としか思えないですよね。そんな都合がいい状況あるわけないので。そんな質問をしてくる人がいたら、私はこう答えます。
目の前で偉そうに出題しているお前を線路に突き落とす
と。いずれにしてもくだらない結論です。
経営人材には害悪のトロッコ問題
加えて、経営人材の育成という観点からは、少なくとも3つの観点でトロッコ問題は害悪です。
トロッコ問題の害悪性1:万全な情報で意志決定する
改めて、トロッコ問題を確認しましょう。こっちのレールでは作業員5人が亡くなる、こっちでは作業員一人が亡くなるという意志決定に関する条件は全てそろっている中で、「さあ、どうしますか?」と問うています。このような課題設定に慣れすぎると、「情報が不確定だから決められません」という人が増えてしまうと懸念します。
実際の経営上の判断ではそれは許されず、情報が不確定な中でも最善と思えるものを選ぶしかないのが現実です。トロッコ問題は経営に相応しくない人材を生み出しかねません。
トロッコ問題の害悪性2:一度きりの決定にとどめる
上述の通り経営においては不確実の中で意志決定するわけですが、それが一度きりではなく、何度も何度も繰り返されます。ということは、経営者は意志決定を振り返り、よかったところ、不十分だったところを明らかにして、より精度高い意志決定力を積み上げていくことが求められます。
若干余談になりますが、ハーバード・ビジネススクールから優秀な経営者が継続的に輩出されているのはこれが理由ですね。ケースメソッドで、企業の成功事例、失敗事例を数多く精査することにより、精度高い意志決定のスキーマが構築できるというのは、経営人材育成の「王道」とも言えるものでしょう。
一方、トロッコ問題は一度きりの状況設定になっており、この観点からも経営とはほど遠い思考の訓練です。
トロッコ問題の害悪性3:事後対応で事前対応が検討されない
さらに、トロッコ問題の本質的にマズいところは、事後対応に終始していること。
経営上は、トロッコの暴走が発生しないように仕組みで防止すべきですし、よしんば発生したとしてもその時の対応をマニュアル化して、誰もが対処できるように事前に想定しておくべきです。
実際の職場においても、これは当てはまります。トラブルが起こったときに緊急対応したスタッフはしばしば英雄視されます。英語では”Fire Fighting”と呼ばれますが、火の粉を振り払う姿は目につきやすいモノです。
しかし、経営における本当の英雄は、トラブルを起こさないように事前の仕組みを作った人です。そして、その仕組みを確実に運用するスタッフです。
トロッコ問題は、このような経営上重要な視座からかえって遠ざけてしまうでしょう。もし学校教育において使われるとするならば、このような害悪性も加味した運用をしていただきたいものです。
この記事を書いた人
木田知廣
MBAで学び、MBAを創り、MBAで教えることから「MBAの三冠王」を自称するビジネス教育のプロフェッショナル。自身の教育手法を広めるべく、講師養成を手がけ、ビジネスだけでなくアロマ、手芸など様々な分野で講師を輩出する。
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