事前の動画視聴によって知識を得る「反転授業」が話題になっています。ちなみに、なぜ「反転」なのかは動画を見ていただくとして、実はこの反転授業、ビジネスパーソン向けの教育、つまり企業研修では使えません。その理由を解説するとともに、動画を使って研修の効果を高める、リフレイン・クラスルームと名付けた方法論も紹介します。

反転授業は企業研修には使えない

反転学習と言う言葉、ご存じでしょうか?もともとはアメリカで始まった学習方法ですが、最近日本の企業の研修でも取り入れられています。そのキモは、知識の伝達そのものは事前に行うことにあります。たとえば、動画なんかを事前に見てもらって、知識は分かったうえで研修に臨んで下さいね、と。

じゃあ、研修中は何をやるか?研修当日は「知っている」知識を「できる」ようにしたり(スキル化)、頭の中に焼き付けたり(定着)、実務で活かす準備をしたり(転移)という活動に使うことになります。

ところが、実はこれ、あまり使えないコンセプトだと思います。少なくとも、企業研修という状況では。それがなぜか、そして、反転授業よりもよい方法論を紹介しましょう。

高校で始まった、授業と宿題の反転

で、そもそもから始めたいんですが、アメリカで始まった反転授業。英語ではflipped classroomと言われていて、英語のflipはこう、コインなんかを裏返すので、まさに反転です。じゃあ、何を反転させたかというと、授業と宿題を反転させた、と言う考え方です。伝統的な学校の授業は、クラスルームで知識を教えて、定着のため、もしくはスキル化のために宿題を課していました。算数とか分かりやすいですね。2次方程式の解き方はこうですよ。じゃあ、宿題で問題集をやってきてね。つまり、授業で「分かった」ことを宿題で自力で「できる」ようになってもらうわけです。

ところが、あるとき学校の先生が考えたわけですよ。いやね、学生が苦労するのは、スキル化の方なんじゃない?だとしたら、それをクラスルームでサポートしてあげたら?って。つまり、知識の伝達は事前に動画で行って、クラスルームではスキル化を支援してあげよう、となります。これで反転授業のできあがり。

わたしがこのコンセプトをはじめて聞いたとき、「なにそれ?なにをいまさら、カッコいい言葉使ってんの?w」と思いました。だって、まんまケースメソッドじゃないですか。ケースメソッドに関しては、このライブ配信の別の回でも話していますので、そちらの動画をご覧下さい。ケースメソッドにおいては、関連する知識は事前の予習によって習得します。こんな分厚い教科書を読まされてね。しかも、ケースという事例も読んでおき、クラスルームではグループ討議に基づいて新たな発見をする、経営学の理論の応用を理解するという流れです。まさに反転授業と同じコンセプトと言えるでしょう。

ところが、後になって、反転授業が改めて注目を集めたのかも分かってきました?それは、動画による予習の容易さです。反転授業はもともとはアメリカの高校の化学の授業で使われたと言われていますが、想像するに、生徒は化学の学習に対して高い熱意を持っているわけではないでしょう。それなのに、MBA的に負荷の高い予習を期待するのは無理。むしろ、「短い動画でいいから、見てきてね」というノリで始まったと想像します。

実際、反転授業の先駆者アーロン・サムズ氏は、「事前学習動画の長さ(尺)は?」という質問に対して、年齢 x 1分が目安、と回答しています。たとえば高校生だったら、15-18分ぐらいの動画ですよね。これだったらギリギリ、生徒さんのも事前に見てくれるかな、と言う感覚でしょう。

ということで、高校の授業では、反転授業はあり得るな、と思いました。

企業研修における予習の難しさ

一方で、企業研修。これ、予習が難しいです。もちろん、動画を作ってみてね、と言う指示を出すことはできます。たとえば中堅のビジネスパーソン、30歳ぐらいだったら、10分の動画3本見てきてね、見たいな。30分だからさっきの目安、年齢×1分にマッチしているよね、と。ところが、現実にはなかなか見てもらえません。なに?人事の人がいちいちチェックして、「あなた、見てませんよね」となったら、手間がたいへんです。

そうすると、研修当日になって、事前動画を見てある程度知識がある人と動画を見ておらず知識がない人に分かれてしまうんです。そうすると、研修が成立しませんね。スキル化の支援のため、演習とフィードバックをやろうと思ったら、「ぜんぜん知らないんですけど」みたいな人が現れて。なんで予習してくれないかって言うと、問題意識がないわけです。研修って、「その研修で何が学べるか」は受講前は分からないじゃないですか。それなのに、「研修に備えて予習してきて」って言われても、受講者は「何のためにこれが必要なんだ?」って思います。ふつうは。あるいは、「研修?かったりーなー」と思っている人もいるわけです。そのような状態で、動画を見てきて下さい、っていうのは無理があるわけです。

これが、学校の授業だったら違います。1年なら1年、先生が受け持つわけですから、「次回の授業はこんな実験をやるよ。でもね。その実験に臨む前に、絶対に知っておいて欲しい科学の知識があるんだ。それを動画で…」という解説が成り立ちますからね。加えて、生徒さんも最終的に試験をパスしなければならないというモチベーションもあります。まぁ、モチベーションというか、やらざるを得ない、みたいな状況ですけどね。そうすると、「化学?かったりーなー。でも、しょうがないから動画を見るか」という動機づけにはなります。

ということで、企業研修では反転授業は成立しないことを、ここまで解説してきました。

それで、今話しながら考えたんだけど、さっきの条件が成り立てば、反転授業はありかもしれないですね。

つまり、同じ講師が連続の講義を担当する、受講者サイドにモチベーションがある、そして、若手で動画視聴に違和感がない、というのがそろえば、企業研修で反転授業もアリです。たぶん。私はこれまだ経験したことがないけど。

動画で定着させるのがリフレイン・クラスルーム

ただ、全般としては私は反転授業に否定的。じゃあ、どうしたらいいか?むしろ私は、講義後の動画視聴の方をおすすめしたいですね。研修中、講師の大事な役割は、問題意識を喚起することです。「いやね、皆さん部下の指導って、やってるつもりだったでしょ?でも、それじゃぜんぜん不十分だよね」って。

もちろん、言葉はもっとマイルドにしますよ。でも、受講者の方が、「あぁ、私はこれまで、部下育成を『見よう見まね』でやっているだけで、十分じゃなかったんだ」って腹落ち感を持って理解してもらえれば、もう、研修の役割の半分以上は達成したことになると思います。

そして、その問題意識を解決するための方法論を理解し、それをできるようになるためのスキル化の支援をするわけです。研修中に。そして、そのあと。研修後もやり続けるために、動画を使うんです。たとえば、研修から1ヶ月後、3ヶ月後、動画を見てもらって、「研修で学んだこと、できてますか?」と聞いてみる

あるいは、「研修中は時間の関係で紹介できなかったけど、こんなテクニックもありますよ」と紹介する。

このような使い方ならば、動画がすごく生きてきます。

これ、せっかくだから名前を付けたいですね。反転授業がフリップト・クラスルームなら、あとから動画を見て定着を促すのは、リフレイン・クラスルームとかね。まぁ、ただ、実際のところはこういうのは私の発案じゃなくて、研修に力を入れている企業では、既に実践されています。たとえば、アズビルさん。ファクトリー・オートメーションなんかの先端的な企業ですけど、これは動画ではなくて上司との面談らしいんですが、3ヶ月後、6ヶ月後に研修中に考えたアクションプランの進捗を確認する機会があるそうです。

研修って、やっぱりやることそのものよりも、やったあと、受講した人の行動がどれだけ変わったかが重要じゃないですか。そうすると、事前・事後も含めて、トータルに設計するとより効果的だな、と思います。

もちろんね、そこには動画なんかの新しいテクノロジーを導入して、効率性も高めるべきですね。

 

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この記事を書いた人

MBAの三冠王木田知廣

木田知廣

MBAで学び、MBAを創り、MBAで教えることから「MBAの三冠王」を自称するビジネス教育のプロフェッショナル。自身の教育手法を広めるべく、講師養成を手がけ、ビジネスだけでなくアロマ、手芸など様々な分野で講師を輩出する。

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